引き続き思考中です。
ゴール裏のただ一つの共通点は、札幌が勝利すること。おそらくは、間違って厚別のゴール裏に来た人を除いて100%近くの人が、この共通点に立つことが出来る。
ほぼ全員が勝ちを見たいのだ。次にチームとの関わり合いの程度で、「勝ちたい」で留まっている集団と「勝たせたい」集団に分かれる。
「勝たせたい」という思いを具現化するために、真ん中はあらゆる行動をする。
「勝ちたい」と思っている人は、行動には至っていない。
「勝たせたい」と思う人たちは、選手紹介の場内アナウンスで、敵チームの選手の名前なんか聞きたくない。だから、トラメガのサイレンを鳴らしたり、わざとハウリングさせたりする。
相手の選手にプレッシャーをかけるために、腹の底からブーイングをする。
暑さと熱さのせいで、体が動かなくなりそうになったときに、振りまかれる力水。近くの仲間と視線が絡まったとき、無言で頑張ろうとうなずき合う。苦しければ苦しいほど。そうやって選手たちとともに戦っている僕らの街の若者たちがいる。
決して自己満足なんかではない。100%以上の情熱を勝たせるために注いでいる若者たちがいる。
僕ももう大人の方の側に分類される歳になってしまったけど、僕らの街の誇りのために、こんなにも真剣に戦える若者たちは眩しいなと思う。
そんな若者たちを少しでも助けてやりたい。だから、その場所にいる大人の態度とは何かと真剣に考えてみた。
僕は、大人とは、
良識という仮面をかぶって、安全なところから若者たちを非難するのではなく、若者たちをさりげなくフォローし、心のどこかで羨ましく思いつつ、若者たちに自由にやらせてやる度量を持つことではないかと朧気に思っています。
行動している若者たちの邪魔をしないで欲しいのです。
あ~ぁ、書いていて自分の老成っぷりがいやになってきた。でも、真剣にそう思うんです。僕はそういう態度が本当の意味で大人だと思うんです。
真ん中がどうしてもいやなら、真ん中に関わらないで欲しい。いやだいやだと言いながら近寄ってきて邪魔をする。なんのため?その行動はチームの力になっているの?
僕は真ん中とともに戦います。たとえ何歳になっても。心が若者である限り。
ネットの掲示板なんかで薄っぺらな良識を振りかざすのが大人だというのなら、俺はそんな大人になんかならない。周りから馬鹿といわれようとも、現場で全力で戦う馬鹿になる。



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