最近のニュースなどをみていてどうしても違和感を感じることがある。
それは言葉の欺瞞。
たとえば「いじめ」という言葉がそう。
いじめと言うけれど、実際には「恐喝」だったり、「暴行」だったり、「傷害」だったりするわけだよね?
犯罪的な行為を「いじめ」という言葉に言い換える。それは欺瞞だと思うのだ。
ほかにも「援助交際」という言葉もそう。あれは「売春」。
「補助金の不正受給」、「裏金作り」・・・「詐欺」じゃん。
マスコミはどうしてそういう欺瞞をするのだろう。
明らかに犯罪であるのに、言葉を言い換えることによって、罪である印象が薄くなる。
理解できないし、意味がない。
いじめをするような卑怯でつまらないガキを増長させているのは、そういう風に言葉を大切にしないで、欺瞞しているマスコミにも責任の一端があると思う。
ところで、伊吹文部科学大臣がこんなつまらない文章を配布するそうだ。
いじめは「恥ずかしいこと」だそうだ。文部科学大臣からの「お願い」だそうだ。おいおい。
いじめは恥ずかしいことの前に犯罪でしょ?
犯罪者に対して「お願い」とはなんだ?
こんな馬鹿な文章を配布している文部科学大臣ってどこまで無能なんだろう。
言うべきことは、それは犯罪であるということ。「恥ずかしい」とか「卑怯」とか、そういう価値観の話ではなく、実際の犯罪として逮捕される可能性もあるんだって事を、クソガキに強く警告するべきだと思うんだけど。
こんな文章をいじめを行っているクソガキどもの前で教師が読み上げてもいじめはなくなるどころか、新しいからかいのネタを与えるだけだと思うけどね。
阿部内閣も期待していたのに、こんな馬鹿が閣僚にいるようじゃ先は長くないな。
激しい言葉ですが、内容には大いに賛同します。
こんさぽ3年生さん初めまして。
3年生という事は、柳下さん時代になってからのサポなんですね。そのことに強く敬服します。
ところで、こういう欺瞞ってほかにもありますよね。
利息制限法の制限利息を大幅に超えるような「高利貸し」からお金を借りることを「キャッシング」と言い換えるとか。
「障害者」を「障がい者」と言い換えるのも同じ。
ちょっとずれますけど、チビクロサンボを発禁に追い込んだ頭の弱い婦人団体の活動とか、都知事の三国人発言を問題視したテレビ局、全部同じだと思います。
枝葉末節ではなく、本質に目を向けて、物事を見極めていきたいと強く思います。