各報道によるとオシムジャパンの誕生が秒読みだとか。
いままでの流れを見ていると、オシムジャパンの誕生ばかりに注目が集まり、肝心のドイツ大会の総括がまるでなされていない。
日本代表はなぜ勝てなかったのか。何が足りなく、何が出来たのか。そういう総括の上にこそ、「だから次はオシムなのだ」という議論が出来るのだと思う。
フランス大会では、個人の技量不足が課題とされ、それを補うために、チームで連携して戦うことを日本代表の方向性として示されたと理解している。
そのためフランスサッカー協会から推薦されたトルシエ氏を監督に据え、チームとしての約束事の徹底をし、ある程度世界と戦えるようになった2002年。
2006年は、そのチームとしての連携性の上に、個人としての強さをプラスして戦うものだと思っていた。そのためにジーコ氏を招聘したのだろう。その考え自体は間違っていないと思う。
代表監督を誰にするかは日本サッカーの進むべき方向性を考慮しながら技術委員会で検討されるべき事柄だと思う。だから、技術委員会の検討結果、ジーコが監督に就任し、ドイツで失敗したとしても、サッカー協会会長は責任を取る必要はまったくないと思う。
しかし、今回、僕がなんども川淵三郎氏が責任を取らなければならないと主張しているのは、彼が技術委員会の検討に対し干渉し、ジーコ氏を推薦したことにある。
サッカー協会会長という組織体の長であり、ある意味特権的な立場にある人間が、配下の組織に干渉し、その職権に干渉した結果、組織の進むべき方向を誤り、2006年、期待はずれの結果を招いたのだから、その責任を取らなければならないと言っているのだ。
ジーコ氏には、日本のサッカーがもっと成熟し、氏が監督としての理想を実現できるだけの経験を積んだときにもう一度再会したいと思っている。
川淵三郎氏は、木之本氏らとともに、日本にプロサッカーリーグを立ち上げ、サッカーの社会的な地位を向上された業績は素晴らしい。だからこそ、晩節を汚すことのない様に切に願う。