さすがに厳しいな

読売新聞より

ソフトバンクモバイル、今度は自社の変更手続き停止
 ソフトバンクモバイルは6日夕、自社の顧客に対する機種、料金プランの変更手続きを停止した。申し込み件数の増加で事務処理に遅れが生じたためとしている。

 ・・・・懲りない会社ですね。
 yahoo! bbのときにもいろいろな問題()を引き起こしたり、470万人分の顧客情報を流出させたりしていましたが、会社の本質ってのはなかなか変わらないのかもしれません。
 こんなに問題が立て続けに起こると、もうこの会社を信用してくれってのが無理ですよね。
 もともと、J-PHONEがコンサドーレ札幌を応援してくれていたので契約していた携帯電話。
 そろそろドコモあたりに代えようかな。

なんじゃこのニュースは?

 また、変な記事が新聞に・・・

東京大空襲の遺族ら138人が原告団結成 3月国提訴へ
2006年10月29日21時06分
 約10万人が死亡したとされる1945年3月の東京大空襲の被害者の遺族らが準備していた国への集団訴訟で29日、138人からなる原告団が結成された。国に1人あたり1000万円の損害賠償と謝罪を求め、来年3月9日に東京地裁に提訴する。空襲被害者が国を訴えた例は、名古屋空襲の戦傷病者2人が損害賠償を求めた訴訟があるが、大規模な集団訴訟は初めて。
 原告団の母体となった「東京空襲犠牲者遺族会」によると、原告団は21都道府県に住む50代~80代。さらに人数が増える可能性もあるという。8月に提訴の予定だったが、陳述書の準備などに時間がかかった。(asahi.com)

 
 まず、不思議なのは「東京大空襲」と言えば、広島・長崎と並び、当時の国際法で禁止されていた非武装・無抵抗の民間人への無差別攻撃ですよね。
 この原告団が訴えるのであれば、国際法に違反して民間人を虐殺したアメリカ軍、指揮官であったルメイ、そして、アメリカ政府だと思うのですよ。
 それを、なぜ日本政府を、しかも空襲から62年目の来年に訴えるのか、理解に苦しみます。
 だいたい1945年の東京大空襲から今年で61年目ですが、50代の原告ってなんなんですか?
 産まれる前の人間でも原告になれるんでしょうかね?(笑)
 親の世代が被害にあったから?
 だったら僕も原告になって国を訴えようかしら。1000万円もらえればずいぶん生活が楽になるし(苦笑)
 金目当てなのか、目立ちたいだけなのか、よくわかりませんが、裁判所だって税金で運営されているのですから、権利の濫用とも言えるような使い方をするのはやめて欲しいものです。

報道機関としての存在意義が問われている

 やってしまったことは仕方がない。
 報道機関だって過ちを犯すことはあるだろう。
 しかし、問題は自ら犯したその過ちをきちんと報道できるかどうか、だと思う。
産経新聞より

道新と函館新聞が和解 和解金2億2000万円
 新聞の創刊や発行を妨害されたなどとして、函館新聞社が北海道新聞社(道新)に約12億8000万円の損害賠償を求めた訴訟は24日、道新側が和解金2億2000万円を支払うことなどを条件に東京地裁(矢尾渉裁判長)で和解した。
(中略)
 この問題では公正取引委員会が平成10年、独禁法違反(私的独占)で道新に排除勧告。道新は12年に勧告を受け入れた。
 ■函館新聞社の話「和解内容は道新が社会的に非を認めたに値する内容と理解され、受け入れを決めた」
 ■北海道新聞社の話「和解勧告は『新規参入を妨害する意図も行為もない』という当社の主張が相当程度、認められた結果と判断した。これ以上の係争継続は経営にマイナスと判断し、勧告を受け入れた」

 『新規参入を妨害する意図も行為もない』ならば、どうして2億2千万円もの和解金を函館新聞社に支払うのか、理解に苦しみます。
 社会的にも大きく注目されていたこのニュース、報道機関なら自社の問題であってもきちんと報道するはずです。自社の非をきちんと報道することでその報道は信用されると思うし。
 自分に不利なことであってもそれが真実なら報道する。それがジャーナリズムの矜持ってものだよね。
 現時点で、朝日、産経などの主な全国紙はこの件を記事にしていますが、肝心の当事者の北海道新聞社は、『まだ』記事にしていないようです。
 「自社の非は報道しない」というならば、そんな新聞社は報道とは呼べないと思うんですよね。
 このまま記事にしないようなら、僕はこの新聞社を二度と信用できません。
(追記)
 翌日の朝にWEBに記事が出たようです。ちょっと見直したかな。道新。
 でも、なぜ道新が和解金を支払うことに同意したか記事から読み取れなかったのが残念。

朝鮮日報の社説がすごい

 まずは、こちらを。
 朝鮮日報の記事と言えば、普段はあきれてしまう記事が多いんですが、この記事は国際的な感覚から言っても極めてまともですね。
 パン・ギブン氏の国連事務総長への就任を、「世界大統領(苦笑)に韓国人が選ばれた」と言って大喜びしていた同じ国民とは思えません。
 金大中氏以来、無批判に北朝鮮に追随していく国かと思いましたが、少しだけ見直しました。

 中国は最近、北朝鮮の住民が中国側に歩いて渡ることができないよう、鴨緑江を挟んだ国境地帯に軍を派遣し、高さ2.5メートルの鉄条網を設置している。中国はまた、北朝鮮との国境地域である丹東所在の銀行で、予告なしに北朝鮮への送金業務を中断した。

 鉄条網の話は知りませんでした。中国は北朝鮮からの難民流入を真剣に恐れているんですね。つまり、近い将来北朝鮮の体制崩壊があると中国はリアルに予想しているわけですね。
 日本の中で日本の報道だけに触れていると、国際社会の緊張感との乖離に驚いてしまいます。
 もしかしたら本当に拉致被害者の奪還のチャンスは本当に近づいているのかも知れません。
 将来、歴史の教科書に記載されるような時代に生きている・・・そんな実感を感じる今日この頃です。
 とか書いている最中にびっくりするニュースが飛び込んできました。
 共同通信社HPより

2度目の最終準備段階か、北朝鮮の核実験 
【23:06】CNNテレビは、北朝鮮が2度目の実験の最終準備段階に入っている可能性があると伝えた。

・・・だそうです。いよいよ北朝鮮という国が地図からなくなる日が近づいてきました。

不思議な基準

こんな記事がネットにあった。asahi.comより。

飲酒無免許の車が衝突、5人死傷 滋賀でパトカー追跡中
 15日午前1時5分ごろ、滋賀県長浜市平方町の県道で、同市神照町、会社員西村一文さん(24)運転の軽乗用車が、同市内の県立高校3年の男子生徒(18)運転の軽乗用車と正面衝突し、生徒の車の助手席にいた同市高山町、県立高校3年、高山俊典さん(18)が腹を打つなどして約1時間半後に死亡した。西村さんら4人が重軽傷を負った。西村さんは無免許で、酒を飲んで運転したことを認めており、長浜署は危険運転致死傷容疑で調べている。
(中略)
 同署の雨森和夫副署長は「パトカーの追跡は適切だったと考えている」としている。

 無免許で、飲酒運転で、人を一人殺し、4人に重軽傷を負わせた犯人(容疑者?)を「さん」づけするのはなんでなんだろう?
 僕の感覚では理解できないなあ。ふつうは「容疑者」でないのかな?
 起訴されれば「被告」、有罪になれば「犯人」という風に変わっていくというコトをどこかの記事で読んだ気がするけども。
 実際あり得ないでしょ。無免許で飲酒運転。暴走運転。信号無視。結果として殺人。
 それで身内を殺された人たちの気持ちからすれば、この「西村一文容疑者」は殺人者以外の何者でもないし、その実行者を「さん」付けするのは命の重さを軽視しているように見える。
 この記事については、ほとんどの新聞(朝日、読売、産経、毎日)でほとんど同じ文章なので、通信社の配信した記事だと思うけど。
 そしてもう一つ不思議なのは、どうしてこういう記事の最後には「追跡方法は適切だった」という警察署の署長のコメントが載るのかということ。
 警察力の行使は適切に行われなければならないとは思う。
 けれども、この犯人は、無免許で、”少なくても”2軒をハシゴして飲酒しつつ、時速100kmを超えるスピードで、信号無視を繰り返し、人を殺したわけで。
 パトカーの追跡によって”事故”が引き起こされたわけではないのは一目瞭然なのに、あえてそのことに触れることで追跡が事故の原因であったがごとき印象を与える記事の書き方はどうかと思うんだけど。
 人の命よりも警察権力がキライって本音というか下心が見え隠れするようでちょっと嫌らしい気がしますね。
 ちなみに、警察署のコメントについて記事中に記載していたのは、朝日、読売、産経で、記載していなかったのは毎日でした。
 (一番詳しかった京都新聞

頑張れ!東京都

 こんな記事があった。失笑を禁じ得ない。

「国旗・国歌」都が控訴、原告側は抗議文提出
 東京都と都教育委員会は29日、入学式や卒業式で国旗に向かって起立し、国歌斉唱するよう教職員に義務づけた都教委の通達を違憲とした東京地裁判決を不服として、東京高裁に控訴した。
 これを受け、原告の教職員と弁護団は同日、都教委に抗議文を提出。抗議文では「誤りを正そうとしないのは、教育に携わる者としての良識が欠けている」などと批判している。
(2006年9月29日20時3分 読売新聞)

 社会人として、国際人として、国旗や国歌に敬意を表するのは当たり前で、それは世界のどこへ行っても当たり前のマナー。
 自分の信条などの内面に関わらず、公共の場では、公共のマナーを守らねばならない。
 そんな社会人として、あるいは国際人として当たり前のマナーを守れない教育者を僭称する者たちが騒いでいる。
 マナーを無視した教師たちを正そうとした東京都教育委員会の通達は全く正しい。違憲判決に対する東京都の控訴は当然だと思う。
 真の教育者ならば、「自分は日の丸や君が代には反対だけれども、こういう儀礼の場では国旗や国歌に敬意を表するのは社会人としてのマナーだ。だから自分は起立する。しかし、それでも、国旗・国歌には反対だ。」と生徒に伝えるのが正しい姿勢だと思う。
 本裁判の原告の教師らは、自分たちの姿が他人の目にどう映っているか想像も出来ないのだろう。
 我が儘で社会常識に従わず、ぎゃーぎゃー騒いでいる醜い者たちよ。
 自分たちがどれほど無様な姿を晒しているかすこしでも想像してみるが良い。
 教育に携わる者として良識が欠けているのはいったい誰なのか。
 そして、こんな教師に教わらなきゃ行けない生徒がかわいそうでならない。
(追記)
 そもそも憲法の保障する

第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 は、内面の自由のはずだ。外面のマナーの問題ではない。
 東京地裁の判決は高裁か最高裁で必ず覆されるだろう。